日本酒の味わいを決める発酵コントロール ~BMD曲線で読み解く甘口・辛口、淡麗・濃醇~
- sumihisa seo
- 4 days ago
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日本酒造りは、微生物の力と杜氏(とうじ)の長年の経験が組み合わさってできる、まさに“生きた芸術”です。中でも「醪(もろみ)」と呼ばれる発酵のプロセスは、日本酒の味を大きく左右する重要なステップです。
今回は、この醪の管理に使われる「BMD値」という数字に注目して、日本酒の味の違い――甘口や辛口、すっきりした淡麗タイプから、コクのある濃醇タイプまで――がどうコントロールされているのか、わかりやすくお話ししていきます。
醪(もろみ)の発酵とBMD値って?
日本酒の発酵は、実は2つのことが同時に進んでいます。
麹(こうじ)の酵素によって、お米のでんぷんが糖(ブドウ糖)に分解される「糖化」
その糖を酵母が食べて、アルコールと炭酸ガスを作る「発酵」
この“糖化”と“発酵”が同時進行するしくみを「並行複発酵」といいます。日本酒独特の香りや味わいは、この発酵スタイルから生まれるんです。
杜氏は、もろみの発酵具合を毎日チェックするために「ボーメ度(比重)」を測ります。糖が多いと重くなってボーメ度が高くなり、糖がアルコールに変わると軽くなってボーメ度は下がります。
そしてこのボーメ度の変化を日数と掛け合わせたのが「BMD値(Brix-Meter-Day)」です。
BMD値 = 留添(とめぞえ)からの日数 × ボーメ度
この数値をグラフにしたものが「BMD曲線」です。この曲線を見ると、発酵が順調かどうか、搾る(上槽)タイミングはいつがベストかなど、いろいろなことが見えてきます。
BMD曲線で「甘口」か「辛口」かがわかる?
日本酒が甘く感じるか辛く感じるかは、最後にどれだけ糖が残っているかで決まります。BMD曲線はこの糖の減り方を示してくれるので、味わいの方向性をコントロールするためのヒントになります。
辛口の酒をつくるには?
糖分をしっかり酵母に食べさせて、あとに残らないようにします。つまり、BMD値が低めで終わるように調整します。
発酵をしっかり早く進める:酵母が元気に働けるよう温度管理を工夫します。たとえば、硬水を使うとカルシウムなどのミネラル成分が酵母の活性を促進し、発酵がスムーズに進みやすくなります。一方、軟水は酵母の活動がゆるやかになり、穏やかな発酵になります。地域によって水の硬度は異なるため、それを活かした発酵設計が重要です。
元気な酵母を使う:発酵力の高い酵母を選びます。たとえば、協会9号や協会1801号、協会1901号などは発酵力が高く、アルコール耐性も強いため、糖をしっかりと分解してくれます。泡なし酵母も扱いやすく、安定した発酵を促します。
仕込み配合の工夫:糖分が多くなりすぎないように、麹米の使用比率を控えめ(麹歩合を15%以下など)にしたり、汲水歩合(総仕込み水量に対する掛米+麹米の比率)を高めに設定するなどの工夫が行われます。また、蒸米の溶けにくい米を選んだり、吸水率や蒸し加減を調整することで糖化速度をコントロールする手法もあります。
搾りのタイミングを見極める:BMD曲線が過去の辛口のパターンに近づいたタイミングで上槽します。発酵力の強い酵母(たとえば協会9号、協会1801号、協会1901号など)を使用した場合、発酵が早く進みやすく、BMD値の下降も早くなるため、通常よりも早めの日数での上槽が適しています。逆に、発酵がゆっくりな酵母を使った場合は、BMDの推移を見極めて適切な時期まで待つ必要があります。
甘口の酒をつくるには?
糖分を少し残すようにします。つまり、BMD値が高めで終わるように発酵をやさしく進めます。
発酵をゆっくりに抑える:発酵をゆっくりに抑える際、温度を下げるのは、酵母の活動を制御するためです。特に甘口を作る際には、発酵中に温度を低く保つことで、酵母の活性を抑えて、糖分を残すことができます。理想的な温度帯は、**約10~12℃**程度です。この温度帯で酵母の活動を抑えつつ、発酵を進めることができます。それにより、甘口の酒に特徴的な、まろやかな風味と少し残る糖分を実現できます。温度が低すぎると発酵が止まりやすく、逆に高すぎると酵母が過剰に活性化してしまい、糖が早く消費されてしまうため、注意が必要です。
穏やかな酵母を使う:発酵力が弱めの酵母や、アルコールに弱い酵母を選ぶこともあります。具体的には、協会7号や協会10号などが代表的です。これらの酵母はゆっくりと穏やかに発酵が進み、香りや味わいにやわらかさや丸みが出やすく、甘口や濃醇タイプの日本酒に適しています。
糖を多く出す仕込み配合にする:麹歩合(麹米の割合)を20%以上に高める、あるいは麹米を高精白にすることで酵素力を高め、糖の生成量を増やします。また、掛米に吸水しやすく溶けやすい米を選ぶことで、糖化を促進する効果もあります。
タイミングを逃さない:甘口の場合、辛口と比較して発酵がゆっくり進められ、糖分がある程度残るように調整されます。そのため、甘口の酒は辛口より遅く上槽されることが一般的です。甘口の場合、BMD曲線が理想的な甘口の方向に近づいたタイミングで上槽が行われますが、これは発酵をあまり進めすぎず、適切なタイミングを見極める必要があるため、辛口よりも遅い上槽となります。
BMD曲線で見る「淡麗」か「濃醇」か
淡麗(たんれい)=すっきり濃醇(のうじゅん)=コクがある
この違いも、BMD曲線からある程度読み取ることができます。
淡麗タイプ
糖分やアミノ酸などの“うまみ”成分が少なく、軽くすっきりした飲み口の日本酒です。発酵がスムーズに進み、BMD値はやや低めで終わることが多いです。
濃醇タイプ
糖分やアミノ酸が多く、まろやかでコクのある日本酒です。発酵はややゆっくりで、BMD値はやや高めで終わる傾向があります。
ただし、「淡麗・濃醇」はBMDだけでは判断しきれません。精米歩合、仕込み方、酵母の種類など、さまざまな要素が影響します。
まとめ:BMD曲線は、杜氏の“見える化ツール”
BMD曲線は、目に見えない発酵の進み具合を“見える化”してくれる頼れるツールです。甘口・辛口の方向性を狙って発酵をコントロールしたり、淡麗・濃醇の特徴をつかんだりするのに大いに役立ちます。
次に日本酒を飲むときは、その裏側で行われている発酵のドラマや、それを見守る杜氏の技と判断にも思いを馳せてみてください。日本酒の味わいが、もっと深く、もっと面白く感じられるはずです。
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